薬用植物

高知で始める有用植物資源開発の試み

そもそも薬とは何か

古来、食は健康と深い関係にあることが知られていました。 多くの民族の中で、人間の体に特別な作用を持つ植物は、長い歴史的経験を通して、薬や、あるいは時に毒として認識されるようになり、その作用をより強めたり弱めたりするために乾燥させたり、砕いたり、煎じたり、混ぜたりと、様々に工夫が行われてきました。 現在私たちは、薬といえば錠剤やカプセルなど、工場で合成されて作られているというイメージを抱きがちですが、実は、こうした市販の薬の多くも、元とをたどれば植物に由来するものであり、時としてどこかの民族の伝統医が昔から用いてきた植物から新薬が生まれることもあるのです。

1971年にアメリカ・オレゴン州の山中に自生するイチイ科セイヨウイチイからアルカロイド成分タキソールが単離され、抗がん剤として臨床現場に登場するようになったことは研究者の間でも大きな反響を呼びました。

そして、米国癌研究所(NCI)による臨床試験の結果からタキソールに強い抗腫瘍活性が認められ、そのタキソールを原料とした制癌剤が種々の癌細胞に対しても有効であることがわかり、市販されるに至っています。

アイルランドの切手(1984) にも使われたセイヨウイチイ

アイルランドの切手(1984)
にも使われたセイヨウイチイ

カンレンボク

カンレンボク

また、中国産固有種のヌマミズキ科カンレンボクから抗癌薬イリノテカンの製造原料となるカンプトテシンが得られることをわが国の製薬企業の研究者が見出し、日本初の制癌剤カンプトとして市販されるようになりました。

こうした新薬は成功すれば数千億円という利益を企業にもたらします。しかし、開発には最低でも10年以上を費やし、この間に様々な試験を繰り返し、動物実験を行い、さらに臨床試験で多くのデータを積み重ねてから最終的に国の厳しい審査をパスしなければなりません。製品として成功する確率は数%以下で、多額の投資が無駄になることも少なくありません。

化粧品・サプリメントなどの医薬部外品

植物の持つ人間の体に対する様々な有用性を活かすには、薬にするだけがすべてではありません。最近では、ビタミンなどの有効成分を豊富に含む植物から健康食品やサプリメントなどが次々と生み出されています。
ニチレイが、南米原産のアセロラが豊富なビタミンCを含むことに注目し、これを商品化したのは1984年のことでした。そして1986年にはアセロラドリンクとしてヒット商品になりました。

また、ブルーベリーに含まれるアントシアニンが目の健康に良いとされ、様々な商品が生み出されたのも同じ頃からです。
化粧品でも、保湿性の高いクリームや、髪を傷めないシャンプーなど、植物由来のものは人間にやさしいという商品イメージが強く打ち出されるようになってきました。しかし、もともと化粧品などもその多くは古来使われてきた植物に由来しているのです。

ネパールでの取り組み

1992年に資生堂から紫外線防止の肌ケア製品としてアネッサという商品が売り出されました。

 

実は今、この商品にはネパールのムスタン王国ロー・モンタンの山岳地帯で現地の人々が栽培しているヒマラヤ産リンドウのエキスが使われているのです。なぜ、そのようなつながりが生まれたのでしょうか。

高知工科大学地域連携機構で補完薬用資源学研究室を主宰する渡邊高志先生は、アマゾン、ミャンマー、ソロモン諸島など世界各地の資源植物を研究し、なかでもヒマラヤ地域では長年にわたり全域の調査を行ってきました。

ヒマラヤのリンドウ (ゲンチアナ・ウルヌラ)の花

ヒマラヤのリンドウ
(ゲンチアナ・ウルヌラ)の花

500種におよぶヒマラヤの有用資源植物について、植生や、有効成分、さらには現地の伝統医療での使われ方なども含めてリストアップし、英文の本にまとめました。

ネパールの有用植物資源をまとめたガイドブック

ネパールの有用植物資源をまとめたガイドブック

それだけでなく、2000年にはネパールで国際シンポジウムを開催し、固有の有用資源植物の保護と、それを地元の経済発展のために持続的に活用することの重要性を訴え、これがきっかけでネパールは国を挙げて資源植物戦略に取り組むことになりました。渡邊先生は、さらにロー・モンタンという山岳地域にプロジェクトサイトを設定し、地元の人々に栽培の指導なども行う一方、地域組織を設立し、日本の企業に原料供給を行い応分の対価を得る仕組みを作りました。つまり、貴重な植物を乱獲から守り、地域の財産として育てつつ、先進国はこうした有用資源植物という知的財産にきちんと対価を払う仕組みをつくり上げたのです。

このネパールでの試みはうまくいきつつありますが、世界中では、開発や環境破壊などの影響で、有用植物資源も急速に失われる傾向にあります。未だ利用が試みられていない植物の中には癌やエイズの特効薬が眠っている可能性もありますが、このまま開発が進み、それらの植物が絶滅すれば利用の機会は永久に失われることになります。今、生物の多様性を維持しなければならないのは、それが未来の世代のために多くの可能性を残しておくという、我々の世代の義務でもあるからなのです。

高知ではじめる有用植物資源開発の試み

ところで、ネパールと同様に高知県もまた有用資源植物の宝庫といえます。わが国には6000種以上の植物が自生していると云われていますが、そのうち半数以上の3170種が高知県にあり、さらにその1割にあたる約300種はなんらかの効用を持った有用資源植物と推定されるのです。ところが、その有効活用についてはほとんど研究されていないのが実状なのです。

そこで渡邊先生は、補完薬用資源学研究室のミッションに「高知県の誇る多様な植物遺伝資源の真の価値を明らかにし、持続的な植物活用の道を拓く」ということを掲げ、ネパールでの成功例と同様に、地域の人々が守り育てた植物が、新しい時代の産業を形成する道筋を探っています。 プロジェクトサイトには梼原の山地を選び、地元の人々にまず身近な植物を再認識してもらうところから活動をスタートしました。

実は梼原には、先人から受け継がれてきた衣食住に関わる様々な植物の利用法がまだ多く残されています。お年寄りから話を聞き、実際にどのように使われてきたかなどを実物標本とともにデータベース化し、最新の科学の目で薬理活性などを評価することで、健康食材や化粧品素材などの開発に結びつけようとしています。

梼原のような自然豊かな山地で、人々の間で伝統として育まれてきた植物利用の知恵は、人工物であふれる石油文明の時代をもう一度、人間が生きるにふさわしい21世紀の持続可能な社会へと作り変えていくための、最先端の知恵として再評価されるべきなのです。