地域のユビキタス

地域にこそ情報化のメリットを

大学と自治体をつなぐTV会議システム

2010年4月30日、梼原町役場の会議室と高知工科大学・地域連携棟の会議室を結ぶTV会議システムが開通しました。5月11日には、早速このシステムを使い、梼原町の行政担当者と、約80㎞離れた工科大の地域連携機構のメンバーとの間で今後の地域連携プログラムの進め方などについての意見交換を行いました。TV会議システムそれ自体はいまどき珍しくもないのですが、大学と自治体との間の緊密なコミュニケーションに使われる例は全国でもあまり多くはないと思われます。

画面に映る梼原会議室

画面に映る梼原会議室

高知工科大学地域連携機構会議室に設置されたTV会議システム

高知工科大学地域連携機構会議室に設置されたTV会議システム

しかし実はこのシステムは、ユビキタス・コミュニティという新時代の地域情報化を目指す、より大きな取り組みの一部にすぎません。そこで、あらためて本学地域連携機構の地域情報化サイクル研究室・菊池豊教授が提案するユビキタス・コミュニティの近未来像についてご紹介します。

ユビキタスとは

ユビキタスの語源はラテン語の「Ubique:遍く」に由来し、1991年にコンピュータ関係の論文に初めて使われたものだそうですが、わが国ではそれより前に坂村健氏(当時東大助手、現在教授)が提唱していた「どこでもコンピュータ」という考え方とも相まって、最近では「いつでも、どこでも、だれでも」コンピュータ・ネットワークの恩恵に浴するという意味で「ユビキタス社会」というような幅広い使い方がされています。

ユビキタスの技術的な背景として第一にあげられるのはデジタル通信技術の飛躍的進歩と普及ということです。光ファイバーによる高速大容量のインターネット通信網の普及、無線LANによる公共アクセスポイントの増加、あるいは携帯電話の爆発的な普及とそれにともなう電話とパソコンのボーダレス化、さらにはTV電波と光通信のボーダレス化などがそれにあたります。第二には、ICカードに代表されるような集積回路の超微小化と大容量化、そして量産にともなう超低価格化があげられます。

今や商店にならぶ野菜のひとつひとつに生産地や流通経路を記録したICチップが付けられ、その情報が携帯で読み取れるようになろうかという時代です。20年前に予言として語られていたユビキタス社会はとっくに実現していて、我々はそのことすら意識しないようになっているともいえます(もしかしたら、地上デジタルTVへの買い替えをするときには、一瞬だけ時代の変化を自覚するかもしれませんが…)。

地域の情報化に向けて

しかし、ユビキタス社会の恩恵は本当に遍く平等に広がっているかというと必ずしもそうとはいえません。四国四県の知事が会合するには羽田空港が一番便利という話がありますが、実はインターネットの基幹情報網も大都市を中心に地方に枝分かれしているため、地方間の交信に当たってはいったん大都市を経由するような仕組みになっています。

菊池教授はこうしたいわば「情報の中央集権」ともいえる状況を改善するため、2004年からはインターネットの中継局にあたる仕組みを自ら立ち上げ、「情報の地方分権化」に努めてきました。

梼原町の役場会議室に設置されたシステム

梼原町の役場会議室に設置されたシステム

いっぽう国の政策においても、2009年3月に総務省から「デジタル日本創生プロジェクト」構想が発表され、デジタル産業の育成、霞が関(中央行政システム)の電子化とならんで、地域を主体とする「ユビキタスタウン構想の推進」が目標として掲げられました。ここでいうユビキタスタウンのめざすところは、「情報通信技術の集中的な利活用により、地域住民が安心・安全を実感できる街づくり」ということです。具体的な内容は、構想骨子の中で既に選択メニューのようなかたちで列挙されています。児童・老人の見守りシステム、観光・道案内システム、センサーを活用した気象、防災等システム等の導入、等々です。このメニューを参考に自治体がそれぞれニーズに合った提案をし、交付金が配分されるというものです。実態をありていにいえば、前年のリーマンショック後の緊急経済対策ということですから、新規性よりも既存技術の組み合わせにもとづく実効性が重視されます。9月には民主党への政権交代がありましたが、もともと民主党は地方分権をさらに進めた地域主権を提唱しているわけですからユビキタスタウン構想は前向きに継承されたといっていいでしょう。

12月には地方自治体からの提案に対して交付金の配布が決定しました。高知県では8件が対象となっています。その中に、津野町の産直支援システムの提案や、梼原町の福祉・防災・産業・観光にまたがる山村版ユビキタスタウンの提案などが含まれています。菊池教授もこれらにはアドバイザーとしてかかわっています。

梼原の先駆的取り組み

ユビキタス・コミュニティという観点から梼原の提案事業を見てみましょう。
梼原町はいち早く光ファイバー網を整備するなど、行政として地域情報化には先駆的に挑戦してきた実績があります。したがって提案には、これまでの蓄積を集大成し地域主体のモデルを構築しようという趣があります。

ひとつの柱は、過疎地域における高齢化に対応して、情報の力で地域の生活支援を行おうということです。といっても、高齢者に無理やりパソコンを使わせようというわけではありません。たとえば、独居老人がポットを使うと遠隔地にその情報が伝わるという商品が既に販売されていますが、このような形で本人が意識しなくとも情報システムが生活を支えるというのがユビキタス・コミュニティのめざすところです。

また、センサーなどで簡単に日常的な健康診断ができ、いざというときには離れた病院からの指示で看護師などが救急対応を行えるような遠隔医療システムの整備も構想には含まれています。こうした情報による生活支援とは、言い方を変えれば、過疎や高齢化で人と人との緊密なつながりが薄れがちなところを情報システムによって補完し、本来的なコミュニティ機能を維持する試みといっていいでしょう。

また、もうひとつの柱に、地域の様々な環境情報をセンサーやライブカメラなどを使ってデータとして切り取り、地域生活の向上に役立てようという試みがあります。たとえば、畑に地中センサーやライブカメラなどを設置することで、農作業の見回りに要する時間を大幅に短縮することができます。またこのようなセンサーやカメラにさらにGPS情報を加えて、地滑り予測や台風監視などにも活用することもできます。さらには、データ化された地域の環境情報はそのまま全世界に発信することができますから、自然・生活・文化などを伝える観光ツールとしても大きな役割を果たすことが考えられます。

以上、ご紹介した取り組みはまさに始まったばかりですが、その中から人が育ち、主体的に情報システムを使いこなし、情報の発信源となっていくことは、地域主権確立の第一歩であることは間違いありません。