草の根ITS

地方でこそ必要性の高いITS技術

山の中の道路表示板

四国山地のうち、高知県と愛媛県との県境で、津野町から梼原町にまたがる一帯は四国カルストや天狗高原スキー場などで知られる観光地です。尾根筋の県境に沿った道路の山頂付近に天狗トンネルがあります。2009 年11 月、その両側に対向車の接近情報を提供するシステムが設置されました。

一見なにげない景色ですが、この表示板の背後には、科学技術を地域に活かすための様々な試みが積み重ねられています。「草の根ITS」と呼ばれる高知発のこの先駆的な試みの一端をご紹介します。

ちなみに、ITSとはIntelligent Transport Systemsの頭文字をとったもので、高度道路交通システムとも表現されます。その範囲はかなり幅広いものですが、これから紹介する車両センサーと注意情報表示装置の組み合わせによる道路走行支援システムもそのひとつです。

天狗トンネルに設置された表示板

天狗トンネルに設置された表示板

中山間地の道路事情

高知県は他県に比べて道路整備が遅れています。とくに県土面積の半分以上を占める中山間地には過疎化と高齢化が進む集落が数多く散在しており、生命線ともいえる道路の整備は喫緊の課題です。しかし、苦しい財政事情から、2車線整備はなかなか進みません。そこで、県は1996年以来、1.5車線的道路整備を独自に展開してきました。といっても道幅を1.5車線にするわけではありません。

鉄道に例えるなら単線のところどころにすれ違い複線箇所を設けるのと同様に、1車線道路整備と部分的2車線化とを組み合わせた方式です。高知県のこの提案は国にも認められ、各県でも同様の方式が進められつつあります。

そこで重要になるのが、山中の曲がりくねって見通しも悪いような一本道で、どのように安全に対向車とすれ違うかということです。高知工科大学総合研究所の熊谷靖彦教授が主宰する地域ITS社会研究センター(現、地域連携機構・連携研究センター・地域ITS社会研究室)は、2004年に高知県と共同で、このためのシステム開発に取り組みました。見通しが悪くすれ違いが困難な区間では、その両端に車両を検知するセンサーを設置し、先にその区間に侵入した車があれば反対側の出口では「対向車注意」の表示でドライバーの注意を喚起し、待避スペースで対向車の通過を待つようにするというものです。「中山間道路走行支援システム」と名付けられたこのシステムは2005年には県内で早くも実用化され、その後全国にも普及し、2008年度時点で7県52カ所に設置されています。

観光シーズンの天狗高原

観光シーズンの天狗高原

このシステムを最も必要としていたのが冒頭の天狗トンネルかもしれません。冬は雪で道路が閉鎖されますが、春から秋までの観光シーズンには交通量もかなりあります。
にもかかわらずトンネルは一車線で照明もなくしかも湾曲しているため、すれ違いは極めて困難で、車幅のある車ではトンネル途中でバックを強いられることもしばしばあります。トンネルの拡幅は予算的に困難なため、「中山間道路走行支援システム」の導入が図られることになりました。

車線で湾曲した天狗トンネル

車線で湾曲した天狗トンネル

技術による課題解決

この計画の実現には、従来普及させてきたシステムに比べていくつかの課題があることが明らかとなりました。 まず、天狗トンネル周辺は観光地であるため、人工物の設置には景観を損なわないという配慮が必要となります。その一方で目立たなければ表示としての意味をなさないというジレンマがあります。

また、観光客は地理に明るいわけではないので、説明看板や待避所の表示なども含めたシステムの分かり易さも重要となります。そこで、本学の景観デザインの専門家である重山陽一郎教授の協力も得て、表示板の材質・構造・色彩などに工夫をこらしました。

さらに大きな問題は、山の中での電源の確保ということでした。

天狗トンネルの説明看板と表示板

天狗トンネルの説明看板と表示板

従来のシステムでも、太陽光発電と鉛蓄電池を併用した自己給電機能は用意されていましたが、天候の変わり易い天狗高原では鉛蓄電池の性能では十分な電力供給ができません。そこで、電気二重層キャパシタと呼ばれる、鉛蓄電池よりさらに充電・放電効率の高い蓄電装置を太陽電池と組み合わせて用いることにし、高知工業高等専門学校の野村弘名誉教授と共同研究を行い、実用化に成功しました。鉛蓄電池より装置は高くなっても、メンテナンスが不要で寿命が長いことからトータルコストでは勝ると考えられます。

こうして設置された天狗トンネルの走行支援システムは、環境負荷を最小にとどめ、なおかつ地域の抱える切実な道路交通ニーズに応えるという、まさに「草の根ITS」と呼ぶにふさわしいモデルとなりました。今後、高知県はもとより、同じような道路事情を抱える全国各県、さらには海外にも普及していくことが期待されます。

なお、本件についてのさらに詳しい論文はこちら<←クリック>を参照してください。