IT農業

ITを活用した未来農場

パソコン、インターネット、ライブカメラ、環境センサとキーワードをならべるといかにも農業とは縁がなさそうですが、実はこうしたIT技術がこれからの農業を変える。そんな実証実験が高知市春野町で行われました。主人公は地元で大規模なトマトのハウス栽培農業を営む野村巧さんです。

ハウス農業は高知県の主要産業ですが、暖房用原油の価格高騰や輸入農産物の台頭などに加えて、農業者の高齢化や後継者不足など様々な課題に直面しています。厳しい競争の中で生き残るためには、大規模化し、なおかつ省エネ・省力化も図るという効率的な農業経営が必要となります。そこで考えられたのがIT技術の活用です。

野村さんのハウスでは、トマトの給水にミネラルの多い海洋深層水を用い、タイマーで自動給水が行われています。今回の実験では、あらたに土の湿度を計るセンサとハウス内の温湿度を計るセンサを設置して、そのデータを無線LANを通してパソコンで遠隔監視するシステムが導入されました。

さらにハウス内にネットワークカメラを設置し、パソコンからの遠隔操作で現場を巡回しなくてもトマトの生育状況などがモニターできるようにしました 。

これまでも農業における機械による省力化は進められてきましたが、今回のようなIT技術の活用による省力化は比較的新しい試みといえます。実験の結果では、センサの働きによって水涸れの防止が図られるなど、IT化の実効性が高いことが証明されました。

トマト栽培ハウスに設置されたネットワークカメラ

トマト栽培ハウスに設置されたネットワークカメラ

 

管理PC上のネットワークカメラ画像

管理PC上のネットワークカメラ画像

生産者と消費者をつなぐIT

近年インターネットの普及によって、放送事業者でなくても動画の配信が安価で容易に行えるようになったことから、商品流通における生産者と消費者との距離が大幅に縮まりつつあります。これまでも農家が生産者の顔写真入りで生産物の安全・安心をアピールする試みは広く行われてきましたが、今回の実験のひとつとして、消費地のスーパーと生産現場とをインターネットを通したライブ動画で結んで、生産者が直接、栽培の工夫や商品の特徴などを説明する実況中継が行われました。

店内に設置されたモニター

店内に設置されたモニター

2010年の3月上旬から中旬にかけて、岡山県にある天満屋と、高知県のナンコクスーパー高須店の野菜売り場に設置されたモニターで、ミネラルトマトの現物を前に生産者である野村さんが自ら説明を行いました。

お客様からのアンケートでは、「ライブ映像をみることでトマトを買いたいと思った」という声が過半数を占め、また「安心」45%、「親近感」26%、「安全」17%といったポジティブな評価が多く得られています。

商品のブランド化とはその商品にまつわる様々な情報によって生み出されるのですから、物流と情報とを組み合わせた今回の試みは、まさに商品のブランド化につながるものといえます。これまでの大量物流の発展の中では生産者と消費者は乖離する一方だったのですが、IT化によって、あらためて人と人とが生産物を通してつながるという商品経済の本来の姿に回帰していくように思われます。

次世代の担い手のために

生産現場からのライブ動画の発信は、教育にも大きな効果があることが確かめられました。2010年の1月30日に、春野町の高知市立春野西小学校で5年生の土曜午後の参観授業の中で、野村さんのトマトハウスと教室を結んでのライブ授業の実験が行われました。授業に先立ち、トマトのキャラクター「とまじろう」を使って、ミネラルトマトのハウス栽培について説明するビデオが製作され、1週間前に予習として放映されました。

授業当日は、7台のノートPCが教室に持ち込まれ、各班6-7名の児童が、野村さんのハウスに設置されたネットワークカメラを教室のパソコンから遠隔操作して、ハウス内に置かれたとまじろうのプラカードを探し出すというゲームが行われました。児童からのさまざまな質問には野村さんが現場から直接答え、また、野村さんからおいしいトマトの見分け方についてのクイズを出題し、正解者と野村さんとでカメラ越しにジャンケンをして勝ち残った4人にトマトゼリーをプレゼントするというイベントも盛り込まれました。

授業後のアンケートで、何が一番面白かったかの問いには、「とまじろう探し」が75%と人気でしたが、ネットワークカメラを自在に操るという情報リテラシーが知らずに身に着いたともいえます。また、将来農業をやってみたいと思えましたかという問いには、81%の児童が思えたと回答しました。農業に対してポジティブな印象を与えることに成功したわけで、わずか45分の授業でも大きな意味があったと十年後には実証されることになるかもしれません。

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春野西小学校でのライブ授業風景

 

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ICTと地域の活性化

上に紹介した中ではIT(Information Technology)という旧来の表現を用いてきましたが、近年では、これがICT(Information and Communication Technology)という表現に置き換えられつつあります。

コミュニケーション、すなわちネットワークを通した情報・知識の共有という側面が広がって、より一層ユビキタス社会に近づいた表現になっています。

今回紹介した実験は、総務省による平成20年度「ICT地域経済活性化事業」(地域情報発信力向上プロジェクト)において、地域連携機構の菊池豊教授を代表に「ライブ映像を活用したICTによる四国の産業課題の解決手法」というテーマで採択された事業の一部として行われたものです。今回は農業における課題の一部のみを紹介しましたが、ほかに通信業、放送業の課題や、観光業におけるライブ映像活用の課題などが取り組みの対象となっています。2010年度から実用化に向けた検討に入るところですが、ICTは、これからの地域の産業の形を大きく変えていくものと期待されます。

*「おいしいトマトの見分け方」の正解は「おしりの部分に白いすじがある」でした。