地域交通医学研究室

【室長 朴啓彰客員教授 平成27年度より地域交通医学・社会脳研究室に改称】

高齢化が進む地域社会の交通問題を医工連携による大量の脳計測データ分析から紐解く

高齢化問題を解くキーワードは「個人差」

4人に1人が65歳以上である高齢社会では、高齢者の交通事故が激増し、事故防止における高齢者対策が喫緊の重要課題となっている。しかしながら、高齢者といっても個人差が大きく、十把―絡げに論じられない。例えば、右下図は共に75歳の同年齢者である2名AとBの頭部MRI水平断面画像を比較しているが、同年者の健常者であつても脳組織変化には大きな個人差が存在する。Aは正常所見で、Bは脳萎縮と前頭葉皮質下に自質病変(矢印)がある。

新たな研究手法の提案

少数の脳サンプルを丁寧に観察・実験する従来の脳研究スタイルでは、脳の個人差を考慮できなかった。すなわち、脳の個人差が甚だしい高齢者に対しては太刀打ちできなかった。高齢者の個人差は、脳MRIデータによる脳組織・形態学的変化を定量化し補正することによって、平準化できる可能性がある。よって、脳の個人差を克服できる大量の脳データ解析法が高齢者問題対策について有効である。

脳ドックデータの有効利用

日本は世界最大級のMRI保有国で、誰でも気軽に検査を受けることができる。この人口当たり世界一のMRIインフラを背景に、日本独自に発展・普及した予防医学分野が脳ドックである。脳ドックによる膨大なMRIテータから、個人差を十分に考慮できる脳計測データ解析が可能となり、個人を対象とした脳医科学研究の進展に多大な貢献が期待される。

白質病変とは?

脳組織は灰白質と白質に二分される。灰白質は神経細胞が集中している大脳皮質と神経核であり、白質は神経線維が密集している大脳髄質である。白質病変は、加齢や高血圧・糖尿病・高脂血症・メタボリック症候群や喫煙などにより生じた白質に存在する細胞間隙である。脳梗塞ではないが、循環不全部位あるいは脳卒中予備群とも言われている。軽微な白質病変も含めると、一般健常中高年者の約30%に見られるcommon findingである。

自動車運転には、遂行機能(前頭葉機能)が関与する

車の安全運転には、周囲の交通状況を認知し、即座にその状況に応じた判断をし、瞬時にアクセル・ブレーキ・ハンドル操作を行わなければいけない。このような一連の複合的な高次脳機能を遂行機能、あるいは前頭葉機能と呼んでいる。白質病変は、前頭葉に好発する。我々は、白質病変による前頭葉機能低下が交通事故原因であるとする仮説を提唱している。3,930名の脳ドックデータから、交通事故、特に交差点事故と白質病変との有意な相関性を認めている(PLOS ONE 8,2: e57255,2013)。

白質病変の定量化と白質病変マッピングの構築

白質病変をVBM(voxel-based-morphometry)法を用いて定量計測する。VBM法は、検査脳を標準脳にテンプレート化し、分割化された灰白質を抽出後、灰白質の部位別に定量マッピング化されている標準脳に照合させて、検査脳の部位別灰白質容量を計測する方法である。VBM法にて灰白質を抽出した方法と同様に、白質病変を抽出し、詳細な位置情報と容量を計測して、精緻な白質病変マッピングを構築する。

研究活動

下記の研究課題を中心に、脳ドックで収集される大量の脳計測データから、個人差の甚だしい社会行動に潜む共通メカニズム(例えば高齢者の交通事故や危険運転メカニズム等)を探求する。
・科研費 基盤研究(B) (H26-28)
「脳MRIに基づく高齢ドライバーの危険運転予測法の開発」
「高齢ドライバーの加齢による脳機能変化と運転行動の関連に関する基礎的研究」
・科研費 基盤研究(B) (H25-27)
「超高齢者社会における道路交通・警告情報提供の脳医学的側面を踏まえた基礎的研究」
・科研費 基盤研究(C) (H25-27)
「交通事故のコーホート分析による加齢に伴う運転能力変化のメカニズム解明」

研究室長から

● 40,000人を超える脳ドック診療から得たデータ解析によれば、白質病変の最大危険因子は喫煙です。受動喫煙でも白質病変が起こります。喫煙している方には、自分の脳だけでなく回りの脳を守るためにも、禁煙生活をお薦めします。
●いろいろな研究テーマで、医科学的なアプローチや考え方に興味を持たれている先生は、どうぞ気軽にお声をお掛けください。
● 脳に興味がある学生さんも、大歓迎です。